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ナバル 

Author:ナバル 
2012年4月22日に男の子を出産、ママ1年生になりました!

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日本に戻って即喪中

どうも、今月8日にへっちゃんと一緒に完全帰国を果たしたナバルです。
最初はへっちゃんと一緒に兵庫の私の両親の所に滞在。
10日にJR1日乗り放題の『青春18切符』を使って横浜へ。
ここでへっちゃんと別行動、私は一人横浜のおじーちゃん家に。
このじーちゃん、去年散々騒いだ母方のフェニックスと別の方。
腰の骨を折って入院し始めたものの、入院後体の不調が続々出てきて
私が帰国した時には『透析患者』であるにも関わらず、
心臓が弱りすぎていて透析出来ない状態になってしまった
まさに『死ぬ間際』のおじーちゃん。ε= (´∞` )

10日、夕方に横浜に着いたものの、ばーちゃんや叔父さん(長男)達に
まだ大丈夫だからそのまま家においでとの言葉に従い病院には行かず、ばーちゃん家に。
ま、今から考えれば、その日の内に病院に行っとけば、
じーちゃんと会話出来たんでしょうけどね。こればかりは仕方ない。

で、翌日11日。一人電車に乗って、叔父さんとおばーちゃんより先に病院に。
この日の早朝の段階で、じーちゃん病室移されてナースセンター目の前の小部屋に。
これはやっぱりそういうことかと聞く私に、頷く看護婦。
部屋に入ると、やせ細ったじーちゃんが目を開けている。
笑顔で話しかける私。中国の話、へっちゃんの話をして写真を見せると
多少虚ろではあるものの、写真にも目をやり、時々しっかりと頷くじーちゃん。
手を握ると、ぎゅっぎゅと握りかえしてくる。
私がジュースのおまけに目を向けていると、
こっち見ろとばかりに引っ張ってきたりもした。
昼過ぎから叔父さん、ばーちゃん、親戚やらが来て、
夕方5時頃、叔父さんの車でばーちゃんと二人ばーちゃんの家に送ってもらった。
・・・家について数分後、病院から電話。
容態悪化のためスグに病院に戻って欲しいとのこと。

病院に着くと叔母さん(爺腹違い妹)がじーちゃんの側で騒いでる。
慌てて駆け寄るばーちゃん。私と同い年の従兄弟(♂)の目が計器に。
・・・・・・安定してる。il||li _|~|○ il||li

従兄弟「フラグは思いっきり立ってるんだけどな(?_?;;;)」
ナバル「まだ大丈夫だよねε= (´∞` )」

駆け込んでくる1歳下の従兄弟。計器を見て安心。
更にその後に駆け込んでくる叔父さん(三男)。
ちなみに従兄弟は電車で乗客を吹き飛ばしながら駆けてきて、
叔父さんはタクシー130だか160キロで飛ばしてきたらしい。
(当然タクシー捕まるがその場では開放、その後情状酌量された)
夜遅くウチの父上と母上が到着したので、母上と私で病室に泊まることに。

正直息が荒く、目も開けられなくなっていたのでその夜の内に?とも思ったが、
じーちゃんは翌晩の再度の私と母上の付き添い、
更にその次の晩の従兄弟兄弟2人の付き添いの夜をある程度安定しながら切り抜けた。
で、14日。朝10時頃病室に行くと、従兄弟2人は初付き添いでへろへろ。
家に帰って休むというのを見送り、じーちゃんに朝の挨拶。

本人、目も開かないし、手の動きもだいぶ減り、
握り返すこともほぼゼロという状態になっているが
・・・・・・・・この状態、きっちり本人は聞こえてることを覚えておいて欲しい。
何より、生死の境を彷徨ったフェニックスがそうだった。
周りに人がいれば病人は分かるし、目を瞑って寝てるようでも聞いてて覚えてる。
触れられたことを理解してる。

この朝、ばーちゃんがじーちゃんにいつもより長く話しかけた。
ほんの少し、ずっと見てないと分からないほどだけど、表情に動きがあった。
そして昼。叔母さん(妹)が到着し、お昼にいっておいでと言われて、
私と母上と叔父(長男)とばーちゃんが病院を出る。
私と母は直前の体勢替えの後にじーちゃんの呼吸が変わったのが気になっていた。
4秒に1度だった呼吸が、3秒に1度になっていて、嫌な予感がした。
病院を出て、車に向かう途中・・・・・・・・・・・戻らなきゃという気がずっとしてた。
車に乗って出発というときに、エンジントラブルが起きたことも引っかかった。

デニーズに到着して、席に着くと電話があった。


車から降り、一番に病室に駆け上がる私。
飛び込んだ病室で見たのは、じーちゃんの妹2人がじーちゃんの傍で泣き叫んでるところ。
そこには医者も看護婦もいない。
まぁ、じーちゃんは言うなれば死を待つ患者で、
既に救う手立ては無いわけだから当たり前なわけだが。
じーちゃん自身の呼吸はもうかなり静かになっているが、
計器に目をやると、心拍はまだ30前後。まだ声が届くと思った。
今ばーちゃんがエレベーターに乗ってここに向かってる。
何としても、引き留めないといけないと思い、声をかけた。
泣いてる余裕なんて無い。
同時に、従兄弟にも電話して電話ごしに声をかけさせる。
ばーちゃん到着。スグに場所を譲るが、ばーちゃんはボロ泣きして声が出ない。
何とか言葉を発しても数語。
叔母さん2人もボロ泣きしながら声もかけず引き留めることも出来ずに
ただただベッドの傍で泣いてるので、その2人は退かして私がじーちゃんの横に。
従兄弟2人も叔父さん達もみんなが急いで向かってるんだから、
みんな、おじーちゃんが大好きなんだから待ってようよ!!と励ます。
30分ほどして、担当医師が病室に入ってきた。
その時点で、計器の心拍は13ほど。医師曰く、
「最近の機械は微妙な動きも感知してしまうため、これは実際には既に0の状態。
よって、ここで死亡と診断させていただきます。」とのこと
医師による死亡の告知に合わせ、0になるじーちゃんの心拍。
ちなみに、誰も機械には触れていないし、体からも何も外してない。
「ちょっwww諦め早すぎwwww」と声をかけるも、死体は無反応。


とまぁ、こんな感じでじーちゃん亡くなっちゃったわけです。
ちなみに、ずっと家に帰りたがってたじーちゃんは、
焼き場の関係で3日間家に居られることに。その間、息子や孫たちに
顔の白い布を取られっぱなしで、話しかけられ、布団の前に食べ物からタバコまで並べられ、たぶんきっと幸せだっただろうな、と。
(結局息子3人も孫4人も、布かけられた死体より、“じーちゃん”が良かった)

また、通夜は通夜で、手伝いしてるようなホントに近い親戚以外に
260人の訪問客がきて、結構立派なもんだったから・・・・・・・・・・
会計手伝いの従兄弟(兄)と弟、案内係の従兄弟(弟)、カメラマンの私はヘロヘロだった。
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テーマ : 夫婦二人暮らし
ジャンル : 結婚・家庭生活

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